江村です。粗茶が入りました。


by natsuki_emura
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グレン・グールドは、コンサートで観客が拍手する習慣を廃止できないかなあと言った。ぼくはこの提案には必ずしも賛成しないが、拍手で考えることはいくらかある。

日本の古典芸能の世界では、拍手が慣わしになっていないことのほうが多い。相撲、能、文楽、歌舞伎なんかは、拍手する人もいるが、演者のほうはお辞儀もカーテンコールもない。演じ終わった役者が消えたり、緞帳が下りたりすれば、観客も、おおかたは席を立って帰る準備を始める。

一般に、洋楽のコンサートは延々と長い拍手がつきものだ。演奏家も盛大な拍手とブラヴォーの絶叫に応えて、アンコールを3曲もサーヴィスする。アンコールをやらない演奏家もいるが、それは例外だろう。

この違いはどういう違いか、いつも考える。割りきれた答えなんか出ないだろうが、コンサートや演劇は儀式ではない。演奏や上演の内容、会場の空間特性によっては、拍手はふさわしくない、という場合がある。そういう事例を複数知っている。

「割れるような拍手」を観客が事前に用意して劇場に乗りこんでいくのは、ものごとの順序が転倒している。演奏家や役者がデモンストレーションを行い、観客が自己陶酔するような劇場で鳴り響く拍手は、いつ、どこででも同じ種類の、ちょっとそらぞらしい社交辞令ではないか。いつもではないが、ちらちらと、そう考えるときがある。

これに類似の問題はいろいろ考えることができますが、とても複雑な主題なので、折に触れ関連項目を俎上に乗せることにします。
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by natsuki_emura | 2010-12-26 10:37