江村です。粗茶が入りました。


by natsuki_emura
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

わけがわからないこと

歌手の小椋佳さんが故郷の小学校を訪問し、生徒たちに自己紹介の絵(だったと思う)を描いてもらい、何を描いたか説明させる、という場面を、以前、NHKの『課外授業 ようこそ』という番組で見た。そのなかで、ある男子生徒が、自分の特徴を描いているつもりが、途中でよくわからなくなったから、適当なことを描いて埋めました、というようなことを言った。ぼくは、そのときの小椋さんの印象的な反応をよく覚えている。「わからなくなった、それ大事なことだよ」と、ひとことだけ、彼は言ったのです。

心当たりのある人も多いと思うが、ぼくたちはいろんな教育の現場で、わからないことがあったら調べたり勉強したりして、わかって説明できるように方向づけられたことが多いはずである。わからない、というと叱られたりした。ものがよくわかることが優秀、というひとつの価値だったことは多いのではないか。

もちろん、ある事象について筋の通った説明ができること、筋道に従って論理的に物事を理解する能力はどうしても必要ですよ。見渡す限り不可解な世の中ではたまったものじゃない。しかし、だからこそ、わからないということに対する一定の理解が必要なのだと、あえて言いたい気がする。それを、このブログに書きつけておこうと思いました。

これで思い出したことがある。「非文」というのは論理言語学の用語で、いかにも文章のように文字が並んでいるが、読んでみると意味がわからない、つまり文章になっていない文字の列、のことだそうです。
ある文字列が文章でないことは、感覚的には容易にわかる。正しい言語感覚の持ち主なら、その文字列の意味するところがわからないということがわかるわけです。
しかし、「ある文字列が非文であることは証明できない」ことがすでに証明されている、のだそうで、つまり、その文字列が非文かそうでないかは、理論的に判別することができないということです。

もし、その非文を使ってコミュニケーションができるような集団があったら、ほかの集団とは意思の疎通ができないことは容易に想像できる。わけがわからないことは、わけがわからない。つまりそういうことになります。

しっかりした言語感覚は、筋の通った論理に裏打ちされている。
しかし、現実には「わからないこと」が複数存在するので、ぼくたちはときどきアタマが混乱したりしますね。そんなとき、その「わからないこと」を分析して理解しようと思ったって、そもそもわからないことは分析できない。「理解しにくい」と言ってもいいかもしれない。小椋佳さんは、その、わからないことの世界があることは大事だと、小学生に入れ知恵したんですね。

この主題をめぐっていろんな話ができるが、今日は、これに対するぼくの興味を提示するにとどめて、この雑文を締めくくることにします。
[PR]
# by natsuki_emura | 2011-10-15 21:09

1枚の写真。

えーと、サイト「太鼓堂」を更新しました。

今月はブログを書かなかったけど、サイトで雑談しましたんで、寄ってください。

んじゃー、来月!

a0122988_23182491.jpg

[PR]
# by natsuki_emura | 2011-09-30 23:19

悪夢はめったに見ないし、楽しい夢のほうが多い。だから文句はないんだが、今日の昼寝中の夢はいくらなんでもいただけない。男の大用をはっきり見てしまいました。

断っとくけど、ぼくに覗きの前科はないよ。あったって男便所なんか覗くもんか。しかし、その、便器にまたがった後ろ姿は壮年あるいは中年で、夢の中ではぼくの旧知という設定になっていた。知人の用足し中なんか見たいわけがない。

それを、リアルに、実にリアルに見て、嘆息して目が覚めた。まあ、夢ですからね。自分の思い通りにはならないんだけど、おもしろくもなんともない光景でしたよ。実際、今まで、スカトロジーが夢に出てくることじたい、なかったとは言わないけど、今日ほど現実的に表れたのは初めてで、当惑するというより、迷惑しているんです。

心理学的に意味を探れば、きったねー見てくれとは裏腹に、この夢は、かえって、なにか吉兆を暗示しているかもしれない。仮にそういう可能性があったとして、なんで中年男の大用なんですか。

2日前の夢では、ぼくは中国の図書館で日本の古文を読んでいた。ずいぶん難解な古文で、中国人の男子学生と会話をしたんですが、もう少しやさしい、竹取物語とか、方丈記とか、そのへんを勧めた記憶がある。ぼくは中国語がしゃべれないのに意思疎通ができている。楽しい気分で目が覚めた。

問題のスカトロジーの夢で気分を損ねたとまでは言わないよ。
なんなんでしょうね、いったい。
[PR]
# by natsuki_emura | 2011-08-19 17:59

法隆寺の百済観音

瀬戸内寂聴さんは、17歳の春、奈良・法隆寺の百済観音に初めてめぐりあい、「斜めから仰ぎ見つめているうちに涙があふれてきてどうしようもなかった」そうである。それほど美しいものに遭遇した。

ぼくが法隆寺に行ったのは1997年の晩秋だったが、そのとき、百済観音は東京に運ばれて、法隆寺にあったのは同じ大きさのレプリカだった。

まあ、ぼくはあの旅行で当麻寺を訪ねて、大きな感動を覚えたから、法隆寺に百済観音がなくても、あまり気にならなかったのですがね。

これを「くだらない話」と名付けたらどうだろうか。
[PR]
# by natsuki_emura | 2011-08-14 20:19

音楽で遊ぶこと

バルトークが好きなルネさんという人と話をした。小学生の時、彼女はバルトークのピアノ曲を弾くのが楽しかったというんです。

ぼくはこれを聞いて、自分の思春期も同じだったなと思いました。モーツァルトやシューベルトのような古典曲を弾くのも聴くのもあまり興味がなく、20世紀クラシックが好きで、その代表がプロコフィエフとバルトークだった。

考えてみると、プロコフィエフやバルトークの音楽は、高級な遊び道具だったわけで、ルネさんと話しながら、ぼくも20世紀クラシックに接するときにはとても楽しかったことを思い出しました。

実際には、とくにプロコフィエフのピアノ曲なんか、プロもてこずる難曲で、学童期にルネさんやぼくが弾けたのは、こうした作曲家たちが書いた、比較的やさしい曲だったというのが現実だ。ルネさんが何を弾いたのか、確かめていないが、きっとそうだろう。

しかし、そういう曲を弾いておもしろかったし、はっきり「遊び」という意識があったかどうか、そんなに自覚的ではなかったと思いますが、結果としてそれは遊びになっていたんだと思いますよ。

心ある芸術家ならよく知っているように、遊ぶことは難しい。ある段階で、この問題が浮上してくる。大きな問題ですけれどね、難曲を相手取っても、遊び心を忘れないようにしたい。

ルネさんとは、それほど長く話し込んだわけではなかったが、大事なことを思い出させてくれました。
[PR]
# by natsuki_emura | 2011-07-06 07:52